都会のビル型建築は「雨降り」という自然現象を

無機的なものにしてしまう。
 
水はどこから来てどこへ行くのか。実体感がない。

人は建築技術で自然をも克服できると

本気で思っているかのようだ。


屋根葺き材にはいろいろある。

瓦、スレート、金属板、ウッドシングル・・・・など。

でもすべて継ぎ目だらけだ。

なのに雨漏りしない。不思議だと思ったことがある。

水は、勢いを持って移動しているうちは

浸み込むことを忘れている。

しかし、いったん停留すると毛管現象で吸収を始める。

水の粒子の物理的特性だ。

吸水する物質の性質、飽和水量の問題でもある。

当たり前のことが理屈ではなく、

感覚として理解されていないと屋根のデザインは

できない。


屋根のかたちは、雨や雪から生活をどの様に

守り
たいかによって決まる。

また、屋根のかたち=室内空間のかたちだから、

それによっても決まる。

「建築は妥協の産物である。」とは林昌二先生

から教わった。

折り合い、バランスをとるのが建築家の仕事だ。


最近、片流れ屋根を何軒か手がけた。

1階から2階にかけての空間の一体的つながりを

表現したかったからだ。

天井を常に視覚内にし連続性を意識化する。

とても有効な手法だ。


ところが、日照調整機能、雨水処理に問題が出る。

日よけの庇デザインが必要になる。

また、雨水は一点に集中的に集まるから、

十分に検討された受け方と処理法が必要。


屋根のかたちは奥の深いデザイン要素だ。