雪の土湯峠は通るべからず
投稿日:2010年02月10日水曜日 21時16分40秒
投稿者:遠藤知世吉・建築設計工房 カテゴリー: General
先週土曜日大寒波が来た!
会津プロジェクト進行中のため会津に週一度は行く。福島と会津は70kmほどであろうか、普通は1時間45分程度でつく。しかし土曜日は行きに4時間、帰りに4時間半かかった。
いつも高速道を使わず土湯峠越え。周りの山々を楽しみながらなのだが、土曜日はそんな状態ではなかった。
行く前、雪の土湯峠は大変とは思ったが、雪の高速は怖い。さらに本宮経由の迂回は渋滞が予想され、むしろ土湯越えの方が楽ではないかなどと考えてしまった。
予想通り車はまばら。しかし・・
土湯温泉を過ぎたあたりで対向車がハザードランプ点滅で走ってくる。付け忘れだな~ドジな人もいるな~などと思っていたら、次の車もそして次の車も点滅してくる。
もしかしたらドジなのは自分では?・・と、妙な胸騒ぎを感じた。
あっという間に一寸先が見えない状態になる。もちろんハザードランプ点滅させ、すべてのライトをつける。
すべてが真っ白、白の恐怖である。何度も車を止め自分の位置と道路の位置を確かめる。どこを走っているかまったく分らないのである。対向車が来ると少しホッとする。
福島県中通りの山村育ちだがこのような体験はない。普段は打ち合わせの事やデザインの事などを考えながらの運転なのだが、それどころではない。ただただここからの脱出を考えた。後戻りはできない。この状態でUターンなどはまったく考えられない。
そうこうしてると今度はワイパーが凍りつく。ますます見えない。かろうじて運転席窓ガラスの下方が見え、身を伏せながらの脱出劇となる。
こんな状態でなんで通行止めにならないのか!と・・・。
しかしこの土湯峠を越えればなんとかなる。
・・・それも甘かった。
峠を越えた猪苗代も状況は変わらず。視界ゼロが続く・・。
しかしそこからは対向車も人家もあり、命の危険までは薄らぐ。
でも道路沿いには雪に突っ込んだ、側溝に落ち傾いてる車を何台も見かける。
会津若松市内に入り「後30分くらいで着くと思いますが、15分程度遅れます」と電話する。
運転の疲労が激しく、今日はお土産を渡し仕上げ材決定は後日にしようかなどと思う。いやいや俺はプロだ!と考え直し、さらに白い恐怖と戦う。結局電話をしてから1時間かかり、予定時間からも1時間近く遅れる事になってしまった。
日中なのにハザードランプ点滅、全ライト点灯による運転が3時間続いた。
到着14:30。
打合せを早く進ませて頂いたのだが、それはそれ、いろいろな事があり・・・
帰りは17:15になる。
帰るにあたり問題がある。ワイパーがいかれたのだ。無事帰宅のためにはワイパー修理を欠く事ができない。起動時にエンジンの妙な音も気になる。
しかも我車古い外車。クライアントに部品屋を教えて頂き、行ってみるが換えのワイパーがない。途方にくれスタンドでガソリンを入れ相談。いろいろ手を尽くして頂いたのだが結局装着できるものはなかった。
しかし現ワイパーの効きが格段に回復、視界が良くなった。
会津の人々のあったかさのおかげ、救われた気がした。
高速はいまだ磐越道全面封鎖。帰路は49号線・本宮・4号線と走った。特に49号線はひどく渋滞していたが、行きの命の不安を考えればなんということはなかった。
途中、福島入口の蓬莱団地周辺で気温 -8度!の表示。福島周辺でこんな数字は見たことがない。もちろん道路はツルツル。
福島に到着21:45。
よく帰ってこれたと思う。
古い外車で雪の土湯峠は通るべからずである。
文章がおかしい所が多々あると思いますが・・・思い出しただけで疲れたので、今日はこれまで。
会津プロジェクト進行中のため会津に週一度は行く。福島と会津は70kmほどであろうか、普通は1時間45分程度でつく。しかし土曜日は行きに4時間、帰りに4時間半かかった。
いつも高速道を使わず土湯峠越え。周りの山々を楽しみながらなのだが、土曜日はそんな状態ではなかった。
行く前、雪の土湯峠は大変とは思ったが、雪の高速は怖い。さらに本宮経由の迂回は渋滞が予想され、むしろ土湯越えの方が楽ではないかなどと考えてしまった。
予想通り車はまばら。しかし・・
土湯温泉を過ぎたあたりで対向車がハザードランプ点滅で走ってくる。付け忘れだな~ドジな人もいるな~などと思っていたら、次の車もそして次の車も点滅してくる。
もしかしたらドジなのは自分では?・・と、妙な胸騒ぎを感じた。
あっという間に一寸先が見えない状態になる。もちろんハザードランプ点滅させ、すべてのライトをつける。
すべてが真っ白、白の恐怖である。何度も車を止め自分の位置と道路の位置を確かめる。どこを走っているかまったく分らないのである。対向車が来ると少しホッとする。
福島県中通りの山村育ちだがこのような体験はない。普段は打ち合わせの事やデザインの事などを考えながらの運転なのだが、それどころではない。ただただここからの脱出を考えた。後戻りはできない。この状態でUターンなどはまったく考えられない。
そうこうしてると今度はワイパーが凍りつく。ますます見えない。かろうじて運転席窓ガラスの下方が見え、身を伏せながらの脱出劇となる。
こんな状態でなんで通行止めにならないのか!と・・・。
しかしこの土湯峠を越えればなんとかなる。
・・・それも甘かった。
峠を越えた猪苗代も状況は変わらず。視界ゼロが続く・・。
しかしそこからは対向車も人家もあり、命の危険までは薄らぐ。
でも道路沿いには雪に突っ込んだ、側溝に落ち傾いてる車を何台も見かける。
会津若松市内に入り「後30分くらいで着くと思いますが、15分程度遅れます」と電話する。
運転の疲労が激しく、今日はお土産を渡し仕上げ材決定は後日にしようかなどと思う。いやいや俺はプロだ!と考え直し、さらに白い恐怖と戦う。結局電話をしてから1時間かかり、予定時間からも1時間近く遅れる事になってしまった。
日中なのにハザードランプ点滅、全ライト点灯による運転が3時間続いた。
到着14:30。
打合せを早く進ませて頂いたのだが、それはそれ、いろいろな事があり・・・
帰りは17:15になる。
帰るにあたり問題がある。ワイパーがいかれたのだ。無事帰宅のためにはワイパー修理を欠く事ができない。起動時にエンジンの妙な音も気になる。
しかも我車古い外車。クライアントに部品屋を教えて頂き、行ってみるが換えのワイパーがない。途方にくれスタンドでガソリンを入れ相談。いろいろ手を尽くして頂いたのだが結局装着できるものはなかった。
しかし現ワイパーの効きが格段に回復、視界が良くなった。
会津の人々のあったかさのおかげ、救われた気がした。
高速はいまだ磐越道全面封鎖。帰路は49号線・本宮・4号線と走った。特に49号線はひどく渋滞していたが、行きの命の不安を考えればなんということはなかった。
途中、福島入口の蓬莱団地周辺で気温 -8度!の表示。福島周辺でこんな数字は見たことがない。もちろん道路はツルツル。
福島に到着21:45。
よく帰ってこれたと思う。
古い外車で雪の土湯峠は通るべからずである。
文章がおかしい所が多々あると思いますが・・・思い出しただけで疲れたので、今日はこれまで。
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