静岡新聞「しずおか建築うんちく」
「しずおか建築うんちく」
加藤酒店(富士市)
遊び心あふれる町屋
1909年4月、国鉄東海道線の富士停車場が開設され、それに伴い富士本町通りが開発された。当時の富士停車場は、富士梨などの農産物出荷や、富士山観光の拠点となっていた。製紙工場の原料や製品の入出荷場としてもにぎわっており、富士本町通りも商店街として発展した。
加藤酒店は、当時の富士本町通りの面影が感じられる希少な建築だ。出し桁(だしげた)造りで板金張りの迫力ある町屋。現在は前面がアーケードで隠されているが、通りからのぞける北面の外観はとても面白い。通り側には切妻の屋根が重なり、その横に2階洋室部分に洋風装飾が施された寄棟(よせむね)屋根、そして和室の低い屋根がバルコニーへと続く。リズム感にあふれる、楽しいデザインだ。
店舗に入ると綺麗に磨かれた欅(けやき)のカウンターと円柱が目に付く。木彫り看板からはこの店の歴史を感じることができる。量り売りの樽置き場は、樽の酒が最後まで注げるよう傾斜している。当時の商いの様子がうかがえて興味深い。
2階の床板と兼用の踏み板天井は、幅1尺5寸(約45㌢)と重厚だ。店舗横の応接間からは、座敷を通し、富士山の溶岩を積んで作られた築山と池のある中庭を眺めることができる。趣あるこの小空間は、多くの客の目を楽しませたことだろう。
現在は非公開で内部を見られないが、将来一般に公開される可能性はある。良質な材料で丁寧に造られた、遊び心あふれる建築だ。
(山﨑勝弘・県建築士会、富士市在住)
【メモ】 1931年4月棟上げ。木造2階建て、延べ248㎡。富士市本町10-21。非公開。
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Posted by: yamazakisohken